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「すべては愛でできている」

先日、前世療法プロコースを受講して下さったMちゃんが、ランチタイムのインド料理屋さんで、カレーを食べながらふとこんな質問を投げかけてきた。彼女はインドヨーガに傾倒し自己探求を行っている。そして過去に、沈黙の聖者と呼ばれるラマナ・マハリシのアシュラムへも行ったことのある方だ。これまでの道のりが私に似ているので、その質問の意味がよく分かる。 

Mちゃん「全てが幻想であるとすると、前世もそうですよね?」

わたし 「そうだね、すべてはマーヤだよね」

 

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けれど、インドヨーガの修行で自己探求を行っているとはまりがちな傾向として、マーヤ(幻想)は悟りの道を惑わすものであって、ややもすると敵視し、肉体を持ち生かされているこの現実を放棄し、社会を傍観し、関わりを絶ってしまう。

 

すべてこの目に見えるマーヤも、神=愛そのものである。

私たちの本質もまた普遍的な愛そのものである。

神はマーヤを使って、私たちを自己の本質へと導く。

神の愛から生まれ、また神の愛へと帰還する存在である。

マーヤがなければ、私たちは肉体を持ち経験し、魂を成長させることはできない。

インドヨーガはその手段を教えてくれるものにすぎず、手段はあくまでも手段であって、実践の場ではない。マーヤの中にこそ実践がある。

 

 

起こる出来事は、魂がより普遍的な本質へと近づくために、自らが望み、引き寄せたものである。表層的な顕在意識だけで生きていると、その出来事の深奥に隠れた神・大いなる自己の意図を見抜くことはできない。

 

そこでヒプノセラピーは、自己の潜在意識・神意識とのコミュニケーションを図る大きな手段となる。

 

否定したくなるほどの苦しい現実(出来事・人間関係・状況・環境)の中に、光を見いだせる手段としてヒプノはある。

 

現実から逃れようとしても、その出来事からの学びを終えなければ、魂が自ら磁石のように再び引き寄せる。そして苦しみはつきまとう。

 

神の意図を見極めること。

そこにそれぞれが与えられたテーマ・魂の成長のための課題が隠されている。

どんどんエゴを手放し、無償の神の愛へと近づいていくこと。

神の意図以上の物を求めず、与えられている物に感謝すること。

感情と心は幻想を呼び覚ます。

学び終えた時、すべては消え、そこに愛と感謝のみが残る。

 

エゴを手放し、個人意識を超え、神との約束を果たすこと。

魂の献身的な社会とのかかわりに専念しながら、私たちは互いに愛し、信頼し誠実であること。

癒しが欲しければ、神の源に鎮座して、その愛の泉から無限のエネルギーを受け取ること。
外界は神の化身ではあるが、変幻する物である。形に心奪われてはならない。
内にある神・普遍的な愛にのみ意識を合わせること。


 

posted by masumi /気付きcomment(3)

コメント(3)

初めてコメントします。 いつも読み逃げでごめんなさい。
昨夜、会社の同僚が交通事故で死にました。 今日は年休消化日で、犬と登った山の頂上で、上司から携帯に電話がかかってきて知りました。 ヒンヤリと静かな森や、日の当たる草むらを、呆然としながら歩いて山を降りました。 自宅に戻り、会社メールや、フェイスブックの共通の友人の書き込みを読んでも、考えがまとまらなくて。 で、サイババの「今日のお言葉」を見たら、「瞑想しなさい」と。 それから、ますみんさんのサイトにセカンドオピニオンを探しに…
お二方から、「答えは自分の中にあるから、ゆっくり深く考えなさい。 神の意図は何だったのか、それは誰に聞いても、どこに御参りしても分かるものではない。」と共通のメッセージを頂いて、とてもありがたく思います。 今日はゆっくり、彼女のことを考えて過ごそうと思います。

さぞかし事故に遭われたご本人も戸惑っておられることでしょう。肉体を離れても意識は在り続けます。今はまだ混乱の中におられるかもしれませんが、魂も準備が整う時が必ず来ます。魂が穏やかに、愛の光に抱かれ、光へと旅立たれますことをお祈り申し上げます。
悲嘆療法はされましたっけ?自己催眠を覚えていらっしゃれば、魂さんとお話をして、ご本人のお気持ちに耳を傾けてさしあげると魂は落ち着きます。ただ、その時、その方の魂限定で行ってくださいね。
神の意図も、時と共にしっかりと胸に落ちる時が来ます。焦らず、今はただ愛の中に鎮座してください。それこそがすべての方の慰めになるでしょうから。

ますみんさん、早速のお返事ありがとうございます。 見ず知らずの私を支えてくださり、感謝しています。
私は今日も休みで、また犬を連れて森の散歩に行ってきました(ここはアメリカ、ニューイングランドの学園町で、山や森がたくさんあります)。 ゆっくりと、彼女の言葉に耳を傾ける気持ちで、湿った土の上を歩きました。 
1時間半の散歩で、少し「意図」が見えてきたような。 たとえば、2週間前に席替えがあり、私の部署は隣のビルの「僻地」に飛ばされました。 それまで、私と彼女の席は背中合わせだったのに。 これは、私の守り神様が、避けることが出来ない悲しい出来事と混乱から、出来る限り私を守ってくださったから。 あと2日、もっと森の中を歩いてみます。
いま、もう一度ブログを読んで、彼女が愛に包まれて、光の中に登ってゆくところをVisualizeしてみました。 彼女が「となりのトトロ」が好きだったことを思い出し(娘さんのナーサリーはトトロテーマで、私もささやかながらお手伝いしたっけ)、彼女がトトロと一緒に高い木のこずえから、彼女の夫と娘を見ている姿を見ることが出来ました。 
また見えてくるものがあったら、報告させてください。 

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